デリバティブ偏愛家の日記

日経IV分析の見方 分析編

さて、前回はデータの取得と集計について書きましたが、今回は具体的な分析の話に入ります。

まずは分析の基本となるスマイルカーブに触れ、その後軽くIVの期間差や、HVとIVの差について説明していきます。

スマイルカーブ

概要

Google先生に聞くと「電子産業や産業機器分野における付加価値構造を表す曲線」という意外な答えが返ってきましたが…

ATMを中心に権利行使価格毎のIVをプロットすると、笑みのような左右が高くなった曲線を描くことから、この名称で呼ばれています。

雑な歴史

ブラック・ショールズ・モデルをかじった方ならご存知かと思いますが、BSモデルでは「ボラティリティは全ての期間において、原資産価格の水準を問わず一定」という仮定を置いています。なので、日経平均オプションで言えば20,000円Call(ATM)だろうが、30,000円Call(Deep OTM マネックスの広○氏なら買うか)だろうが、計算時点でボラは一定です。まあ別に日経が30,000円に到達したところで、その時のボラがどうなるかは一概には予測出来ないので、そこは問題無いですが、後にBSモデルの限界が露見します。ブラックマンデーです。

このブラックマンデー以前は「スマイルカーブ」は存在せず、ほぼ全ての権利行使価格で同じIVとなっていたようです(昔、Bloombergのセミナーで聞いた話ですが…)。BSモデルでは原資産価格変動がウィーナー過程に従うとし、ドリフト項を除くと正規分布で変動すると想定されていたので、ブラックマンデーのような事象はそれこそ「微粒子レベルで存在する」程度の認識でした。

しかしながら、1920年代の金融恐慌も鑑みると「天文学的な確率なはずなのに、思いの外多くない?」という話になり、そこで「実は金融資産の価格変動は正規分布ではない」という事実に直面。勿論当時から多少はそういう考えはあったのでしょうけど、実際BSモデルは正規分布と仮定したことで、モデルの簡素化+計算の高速化に成功しています(裾の広く、実際の金融市場に近いt分布やコーシー分布を使うと分散が定義されなかったり、無限大となったりして詰む)。

で、結局モデル自体の改修よりは「そもそも入れるボラを変えよう」という苦肉の策で生まれたのが、今のスマイルカーブです。ATMから離れた権利行使価格では、本来の正規分布よりも到達確率が高い=満期時点でITMとなる確率が高い→ならオプション価格は上がるはず→つまり離れた権利行使価格程IVは高くなる、という訳ですね。一応、各権利行使価格のIVを使えば、「市場参加者が織り込んでいる確率分布」を逆算することも出来ます。ただ、ここは後述する需給の話も絡みますが。

それでもBSモデルを使う意味は

上記の変遷を読んでいると、「今時は計算技術も大きく進歩しているんだから、他のモデルを開発すれば良いのでは?」という指摘がありそうですが、最早BSモデルは「プレミアムをIVに変換するための式」であって、そういう意味で共通のフォーマット化しており、当分変化は無さそうです。

その昔は「BSモデルを使ってオプションの理論価格を計算し、それと市場の価格が乖離していれば狙い目」というような戦略もあったのかもしれませんが、今ではオプションは「ボラを取引する商品」という一面が強く、上場オプションこそ価格はプレミアムで表記されますが、為替ではボラの数字そのものがクオートされたりする程。これがブラック氏やショールズ氏が考えていた姿かどうかは分かりませんが…

左右の歪みはどこから?

さて、まあ雑な説明でしたが、以上でATMから離れるとIVが高くなる要因は分かったとして、次にスマイルカーブの左右の歪みは何故生まれるか、という話に。

実際のところ、ほとんど需給です。

…夢も希望も無い湿気た回答ですが。ただ、アセットによって若干変わるのでそこも説明します。

株式(含む株価指数)

相対的に高い配当金というリターンがあることから、典型的なリスク資産であり、かつ空売りや信用売りにハードルが存在するため、現物Buy & Holdが多数を占める世界。なので必然的に株式オプションはOTM Putの買い需要が多く、Put側のIVが上がりがちです。更に、株式(主に先進国株価指数)の「上る時はゆっくり、下がる時は急」という特徴もPut買い需要の要因となっており、株価の変動に対してIVが逆相関となるケースが目立ちます。Call側はATM未満となる場合が多く、リスクリバーサル(RR)はマイナスが基本。なので、「スマイル」等と言っておきながら、ほぼ右肩下がりの曲線に。

このように需給の話もあるので、単純にRRがマイナスだからと言って、市場参加者が常に「株価が今後下がる」と見込んでいる訳では無いので注意。

為替

通貨ペアによって「リスク資産vs安全資産」か「リスク資産vsリスク資産」か「安全資産vs安全資産」か変化するので、一概には言えません。通貨同士の交換なので、株と違って売りから入るのも容易です(”売り”の定義が株と異なるから、というのもありますが)。

JPYは代表的な安全資産なので、USDJPY等は本邦輸出企業の為替ヘッジ(Put買い)でPut側が高くなる傾向があります。他には殺人通貨として名高いGBPは、対EUR等であれば、政治イベント等でCall側もPut側も色々動く印象があります。

債券

先進国の国債に関しては基本的に安全資産なので、そもそもヘッジニーズが株式程高くなく、Put側が目立って高くなる印象は無いです。また、株式との逆相関(金利は順相関)なので、株価急落→リスクオフでIV上昇となって、債券が大きく買われるタイミングで株に合わせてIVが上昇することはありますが、とは言えCall側が恒常的に高くなるイメージも無いです。

コモディティ

括りが大き過ぎる気がしますが…原油のような実需のある商品は、上がって困る消費者と、下がって困る生産者の両者にヘッジニーズがあるので、左右の歪みは小さめ。個人的に最も美しい”スマイル”カーブは原油かと。

貴金属は安全資産扱いなのでJPY等と近い印象。

分析における簡素化

ここまでの説明で「分析に必要なデータ数が多くて面倒だな」と思われた方、その通りです。時系列変化の分析をすると三次元化するので、分析が面倒になります。

ということで、スマイルカーブ上の特定のデルタに注目することで、簡素化することが出来ます。

RR(リスクリバーサル)

同じデルタ水準のCallとPutのIV差をリスクリバーサルと言います。

25%RR = 25% Call – 25% Put

これはスマイルカーブの表現の一つですが、カーブを時系列で分析しようとすると3次元になって面倒なので、RRを使うとチャートに出来るという利点があります。

一応「市場が織り込む将来の変動を表す」とされていますが、株が上がれば上がる程ヘッジのPutのニーズは増えるので、結果的にひたすらRRは株価の予想を外し続けるケースもあります。

BF(バタフライ)

これは記事には載せていませんが、分析手法としては有名で、スマイルカーブの表現の一つです。

25%BF = (25% Call + 25% Put) / 2 – ATM

式から分かるように、OTMの平均とATMの差を取ることで、”笑み”の度合い(確率分布の裾野の広さ)を表していますが、株のように右肩下がりのスマイルカーブの場合、大して意味のある分析とならないケースが多いです。逆に原油や一部の通貨ペアのように、きちんとATMを中心にCall、Putそれぞれが高い水準のボラになるアセットでは有用です。

原資産価格変動とIVの関係

仮に今日経が20,000円で、ATM IVが25%だとして、その時点での19,500円PutのIVが35%とします。で、実際に日経がその後19,500円になった時にIVは35%になるのか、気になるところです。

これに関してはボラティリティ・レジームという概念があり、原資産価格の変動に対してスマイルカーブがどう動くか、3つにパターン分けされています。詳細はこちらの記事を参照下さい。

結論からすると「35%になるのかは分からないが、短期的には妥当な水準ではある」というところでしょうか。雑な話ですが、日経が500円下がる度にIVが10%(正しくは10ポイント)ずつ上昇するとした場合、日経7,000円の時代にはIVが285%というどこの世紀末だよという水準になってしまうので、実際には「あくまでそのオプションの満期付近まで」有効な数値と考えるべきです。まあ一ヶ月で13,000円落ちたらリアルにこの国の終わりですが。

さて、ここで日経平均の日次の原資産価格変化率と、ATM IVの変化率の相関係数(計算期間22日分=約一ヶ月分)を計算してグラフにしてみました。

水色の面グラフが相関係数(左軸)で、紺色の折れ線は先物価格(右軸)です。結構な割合で-0.9の「ほぼ逆相関」状態なのが分かります。

先に説明した通り、株式のスマイルカーブは右肩下がりの曲線なので、先物が上昇するとIVが低下し、逆に先物が下落するとIVが上昇するので逆相関になります。スマイルカーブの形状は、この逆相関を織り込んでいるとも言えるし、この形状だからこそATM IVがこういった変動をするとも言えます。どちらが先かは…何とも言えません。

過去の実例を見る

小面倒な話は一旦終えて、実際に過去の変動を見て特徴を見ていきましょう。

2018年12月

いきなり大幅下落の例です。今まで圧倒的な安定感のあった22,500円から大きく下落し、19,000円割れとなったケースですが、流石にインパクトが大きかったようで、5%Delta Putでは60%付近までIVが急騰しています。

同じデータですが、スマイルの変化に注目したグラフ。Put側が大きく上昇するので全体的に傾きが急になるのが分かります。

次に横軸を先物水準に替えたグラフ。先物の下落に応じてIVが全体的に上昇しつつ、点が縦にばらつきます。

移動平均乖離率との関係

先物の価格を直接使うと、その水準の影響を受けて分析し難いのですが、移動平均乖離率(以下、MA乖離率)を使うとシンプルになります。ここでは、IV側を残存30日(カレンダーベース)で按分したデータを使うので、先物のMAもカレンダーベースで30日程度となる22営業日で計算しました。

スマイルカーブ全体の変動

横軸をMA乖離率にして全区間(2014/3/24~2018/12/28)をプロットしたもの。

MA乖離率が大きくプラスとなるケースは多くは無いですが、カーブの傾きがかなり緩やかになっています。

逆にMA乖離率が大きくマイナスとなるケースではDeep OTM Putの上昇が目立ちます。CallサイドがMA乖離率0%を中心にほぼ左右対称の弧を描くのに対し、Putサイドはマイナス側での上昇幅が大きいのが起因しているようです。

上図は、15%Delta同士で近似曲線(2次)を比較したもの。

ATMだけにするとこのような感じ。MA乖離率0%近傍でもIVの水準にはバラつきがありますが、0%から離れていくとある程度収束していく模様。

RRの変動

次に25%Delta RRも分析していきます。

左軸にMA乖離率、右軸に25%Delta RRをプロット。特に大きな下落時に綺麗に連動しています。

同じデータで散布図に。ほぼ時差は無いとは言え、MA乖離率を見ながらRR水準を見つつ、予測値からの乖離があれば狙っていくのは面白いかもしれません。

ちなみに15%Deltaでもほぼ同じ結果になります。流石にこの辺りからは流動性が乏しいので、分析したところで果たしてまともなコストで取引出来るかは別問題ですが。

リアルタイムでスマイルカーブを分析するには

日経平均オプションのスマイルカーブに関して、国内で普通にツール上で表示できるのは、筆者が知る限りカブドットコム証券とIB証券のみです(2019年1月現在)。IB証券は日経以外にも色々見れますが、口座開設のハードルが高い等色々あるので、ここではシンプルなカブドットコム証券の方を紹介しておきます。

インストール出来るkabuステーションではなく、ブラウザで証券口座にログイン後、投資情報→投資ツールと進むとひっそりと「スマイルカーブ」というリンクがあります(下画像の紺四角で囲まれたところ)。

残念ながらcsvエクスポートといった機能は無い上に、横軸のプロット方法も権利行使価格のみなので、当ブログで紹介しているデルタベースでの分析は出来ませんが、先物OP口座の開設無しですぐに見れるので、手軽に始めるには良いかと。

期近IVと期先IVの差

いきなりスマイルカーブでかなりの文字数になりましたが… 次にIVの限月差です。

基本的には「不確実性が高い」ことから期先の方がIVは高めになります。が、相場急変時にはこの関係が逆転するので「期先 - 期近」がマイナスになるケースもあり、リスクオフ収束にはこれがプラスになるかどうかが一つの尺度になります。

期近IVの水準でリスクオン・オフの判断をするのも可能ですが、限月間の差分の方が、0を中心に分布する上に、中長期的な水準の高低の影響を受けないので用途によっては有用かと。

一応期先-期近のヒストグラムも載せておきます。

平常時に期先のIVが高いのには色々な理由がありますが、BSモデルの仮定する原資産価格変動モデルに従うなら期先=期近が成り立つはずです。そうなっていないのは、前提であるウィーナー過程が現実の相場と乖離したモデルということでしょう。特にブラウン運動に関して自己相関=0と仮定されていますが、現実には明確なトレンドが発生することは多く、ここが崩れると、「時間がt倍になると、その時間内での価格変動率の確率分布は√t倍になる」という原則が成り立たなくなることから、期先が少し高めのIVとなるのは、これに対応するため、という一面はあるかと思います。

HV(ヒストリカル・ボラティリティ)とIVの差

HVは統計的に高確率でIV以下の水準で推移しています。これもまた色々な議論があるところですが、IVがHVより高いのは「BSモデルが想定する確率分布より、実際の相場の確率分布が裾野が広いため」というのが簡単な説明ではないかと。急変時にはHVがIVを超えるケースがありますが、長期的にレンジ相場が続いてIVが極端に落ちるとHVがぬるっとIVを超えるケースもあります。

また、HVは計算期間に応じてかなり数値が変わるので、きちんと自分が分析したい期間に合わせて設定するのがポイントです。下図では5日と30日のHVを比較しています。

特にこのHVとIVの比較をする場合、

  • HVの計算期間を長くする→突発的な大きな値動きが含まれる期間が増え、全体的にHV>IVとなる時期が増える
  • HVの計算期間を短くする→突発的な大きな値動きが含まれる期間が減り、全体的にHV<IVとなる時期が増える

HVとIVの差分のヒストグラムを見ると、

HVの計算期間で分布が異なるのが分かります。ということで計算期間はきちんとIV側と合わせないと正しい分析が出来ません。

トレードに関しては、HVとIVの差はガンマロング/ショートのポジションのPLに直結します。ガンマロング時には、一日分に換算したポジション保有時のIV分以上の値動きが一日に無いとセータに負けることになります。